……朝早くの、散歩。

　エイ：めずらしいな、、桜花が朝から散歩に出るとは。
　桜花：……偶には、一緒に行くのも良いでしょ？
　エイ：…ああ、、偶にはな。

　桜花となら別に毎日でも良い、エイのこの言葉は、音に乗らずに心に落ちた。
　…基本的に一人を望む彼にとって、彼女だけが唯一の「例外」である。

　桜花：……人、居ないね。
　エイ：だからこそ、散歩をしてるんだ。…どうも、人混みは苦手でな。
　桜花：……。
　エイ：朝方は良い。これが夕方だと、子供やら御老公方やらが道に溢れていてな、、とてもじゃないが避けきれん。
　桜花：……でも、嫌いじゃないよね。だから、邪魔って言わないんだよね。
　エイ：…ああ。

　強いな、頷くエイを見て桜花は思った。

　彼は「一人」にはなろうとしても「独り」にはならない。だから決して、、「皆」を否定したりはしないのだ。

　…彼女には、到底無理な事である。

今日は珍しく早めに起きました。

ーがしゃん、、ジュワァァ…！

　桜花：……ん、、エイ？
　エイ：…ああ、すまない。起こしてしまったか。
　桜花：……おはよう。
　エイ：ああ、おはよう。

　フライパンを片手に微笑むエイ。花柄のエプロンが、小柄な彼に良く似合う。

　エイ：先に顔を洗って来なさい。もうすぐ出来るから。
　桜花：……うん。…雨、止んだね。
　エイ：何処かの誰かが、ちゃんと聴いてあげたからではないかな？
　桜花：……。
　エイ：あれだけ優しい顔で頷かれれば、どんな駄々っ子も泣き止んでしまうさ。
　桜花：……顔、洗ってくる。

　そう言って桜花は、やや早足で洗面所に向かう。

　…頬が熱く感じるのは、昨日と比べて今日は肌寒いからだ。彼女はそう思う事にした。

……雨の日の就寝前のひととき。

　桜花：……雨、止まないね。
　エイ：明日は晴れると聞いたが、、やはり不安だな。こうして眠るその瞬間まで、雨音が聴こえるというのは。
　桜花：……でも、この音は好き。静寂への訴えが、、好き。
　エイ：…だが、濡れるのは嫌いだ。星の涙に同情出来る程、、僕の存在は大きくない。
　桜花：……だから、聴いてあげるの。せめて、聴いて、優しく頷いてあげるの。…早く泣き止められるように。

　矛盾する桜花の言葉に、しかしエイは黙って頷いた。

　…雨の日の彼女の寝顔がとても優しい事を、彼は知っていたからである。

僕は一人本を読む。

　エイ：…。
　桜花：……エイ、また読書？
　エイ：…ん、僕の数少ない趣味だからね。
　桜花：……楽しい？
　エイ：…楽しいかどうかは、本によるかな。
　桜花：……。
　エイ：本によって怒り、悲しみ、喜び、惜しみ、、単純に楽しい事もあるかな？　でも、いつも楽しい訳ではない。
　桜花：……それでも、、好き？
　エイ：…ああ。

　人との付き合い方に似ていると、桜花は思った。

　…読書中は口数が少なくなる事を知りながら、エイに声を掛ける自分と、どう感じるか分からぬまま本を読む彼と、何処に違いがあるのだろう。

揃ってテレビを観ています。

　エイ：道路交通法改正、、か。
　桜花：……エイ？　どうして、、怒ってる？
　エイ：別に怒っていないさ。ただ、この司会者は以前違法駐車を取り扱った時「今の法律は甘い」と吠えた。それなのに今回は「厳しい」と宣っている。その事が少し、、気に入らない。
　桜花：……仕方が無いよ。彼等は叩く事が仕事、粗を探してそこを知らせる、、国を、人を監視する。…それがお仕事。
　エイ：…理解しているさ。だが、どんなに正論だろうと、それが仕事だろうと、、簡単に以前の自分と正反対の言葉を、吐かないで欲しいと思うのだよ。…以前の彼の言葉に頷いた者としては、、な。

　言いながら、エイは空しさを覚えた。

　…人が矛盾する生き物である事を、彼は知っていたからである。

読書中の青年と、夜のテレビを見据える少女。

　エイ：ん、、もうこんな時間か…。
　桜花：……。
　エイ：桜花？　何を観ているんだ？
　桜花：……ニュース。
　エイ：ほう。
　桜花：……の、まるで自分の考えが一番正しいかのような、、司会者の物言う姿。
　エイ：…そんなモノ、、観ていても腹が立つだけだろう？
　桜花：……滑稽な姿を観てると、、笑える。
　エイ：偽善を吐くモノへの嘲りかね？　あまり良い趣味とは…。
　桜花：……違う。
　エイ：違う？
　桜花：……正論を偽善としか感じられない、、自分自身に。

　そう答えると、桜花は悲しそうに微笑んだ。

　…自嘲である。