廃墟の語り場 A bird having a tusk
トリコロ、仮面ライダー、その他四コマ萬画やら普通の萬画やらを読んだり語ったり、対話式私信を送ったりする場所です。
作成日2006年4月3日、移転日は2009年5月13日。
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視聴・鑑賞した作品

■2024年分の視聴・鑑賞した作品■    ・・10月   鋼鉄神ジーグ   ・・9月   ・・放送終了 グレンダイザーU   ・・7月   ・新番組 グレンダイザーU ウルトラマンアーク   ・・6月   ・放送終了 秘密戦隊ゴレンジャー ウルトラマンニュージェネレーションスターズ ・単発番組 ウルトラマンアーク直前スペシャル ・・5月 ・映画 ゴジラxコング 新たなる帝国 ・・4月 ・新番組 ちびゴジラの逆襲(14話以降)  重甲ビーファイター ・放送終了 勇気爆発バーンブレイバーン ブルースワット   ・・3月   ・映画 ウルトラマンブレーザー THE MOVIE 大怪獣首都激突 ・新番組 爆上戦隊ブンブンジャー ・放送終了 牙狼<GARO> ハガネを継ぐ者   ・・1月 ・映画   劇場版機動戦士ガンダムSEEDFREEDOM ・新番組 ウルトラマンニュージェネレーションスターズ 勇気爆発バーンブレイバーン 牙狼<GARO> ハガネを継ぐ者   ・放送終了 ウルトラマンブレーザー   ・・去年からの引き続き ウルトラマンブレーザー ブルースワット 秘密戦隊ゴレンジャー  

   
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 あの日に言えなかったことを伝えたい。

 そんな思いを胸に、俺は此処に来た。

 大丈夫、今の俺には隣に居てくれる人が居る。



 だから、大丈夫。



〇A bird having a tusk〇

 

「静かだな、、まあ良いか」



 平日の墓場は物淋しい。

 あまり騒がしい場所が苦手な少年にとって、それは幸いな事だった。

 だが、その表情は物憂げしい。

 原因は、、やはり空にある。



「だが、、こう晴れていてはな」



 見上げれば紛う事の無い蒼穹。世間一般的における墓参り日和だが、どうにも少年にとっては、あまり良い日和ではないらしい。

 

「曇らないかな、、無理か」

 

 幼稚園児とその母親を敵に回し、一部の父親を味方に付ける様な台詞を、彼は溜め息と共に零した。

 

 多く見積もっても中学生程度を思わせる背丈に、肩まで伸ばした黒い髪。

 まだまだ幼さを残す顔に、年不相応な鋭い眼差しが宿る事を知る人間は数少ない。

 黒の上下にやや大きめのコートを来た彼の両腕にはそれぞれ、新聞紙に巻かれた仏花と水の入った桶を掴んでいた。

 

「……遅いな」

 

 暫し見据えていた空から視線を落として、少年は振り向いた。

 彼の目線の先には砂利を敷いただけの駐車場、その先にある自販機の前に佇んだ少女へと向けられる。



 高校生、少なくとも少年以上の年齢だとは思わせる背丈に 艶の有る黒髪をポニーテイルで纏めた、大きな瞳の彼女。

 白のワンピースの上に少年とお揃いのコートを羽織った彼女の腕には、お供え物の入れられたビニール袋が、しっかりと握られている。



「栞、まだか?」



 駆け寄るのも面倒に思い、その場で大声を出す少年。



「ちょっと待って~!」



 少年に”栞”と呼ばれた少女は慌てた様子で自販機のボタンを押す。そして出て来た缶を拾うと、急いで少年の元へと駆け寄った。



「はい、クロウ君の分!」



 どうやらこれが悩みの種だったらしい。

 いや、正確には「何でも良い」等と数分前に答えた少年の所為か。

 ばつの悪さを感じながら、少女に”クロウ”呼ばれた少年は差し出された缶を受け取る。



「ああ、済まない。……君の分は?」

「え、、ああ!?」

 

 何気ない問いに固まる少女。

 少年の分を買った時点で満足してしまい、自分の分を忘れていたらしい。



「忘れてた! ちょっと待ってて!!」

「おいおい……」



 再び駆け出す少女に苦笑いを浮かべながら、少年は缶ジュースのプルタブを開け、中身を喉に流し込む。

 

 ……緊張で乾いていた少年の喉に、炭酸飲料は刺激が強過ぎた。

 



 

 墓地の外れに位置した、真新しい墓石。

 入り口からは遠いが、新設された水場は近くに有るのだから恵まれていると言えばそうなのだろう。



「……お久しぶりですね、御主人。と言っても、2週間前にも来ましたが」



 感慨深そうな呟きと裏腹に少年は軽く会釈をし、少女は無言で深く頭を下げる。

 少年は長き時を語る趣味を持たず、少女にとってその男性は殆ど縁が無い。

 だからこその、態度の差。

 

「……それじゃあ、俺は墓石を拭いてるから、栞は湯呑と花受けを頼むよ」



 挨拶以外は特に話す事もないらしく、銀色の容器と湯呑みを少女に渡すと、少年は墓に登り水で濡らした雑巾で墓石を拭き始める。



「うん、分かった!」



 少女は少年から受け取った物を両手に水場へと走った。

 そんなに急ぐ必要も無いのだが、指摘するのも面倒なので黙っておいた。

 思えば今日は少女の走る姿ばかり見ている気がして、青年は小さく笑みを漏らす。



「……貴方が黄泉路を歩んでから、一年が経ちました」



 少女の姿が見えなくなったのを確認し、おもむろに口を開く少年。

 それは思い出話なのだが、、そこに御主人は存在しない。

 やはり少年は、長き時を語る趣味は無い。

 だが、知らぬ時を伝える誠実さは抱いていた。



「この姿を得てからは半年、、やっと慣れましたよ。今は彼女、、栞と一緒に暮らしています」



 喋りながらも、少年は手を止めない。

 全体を拭き終わると墓石を降り、水桶からしゃもじを取出した。

 掬った水を、周りから少しずつ水を掛けていく。



(いいかい、クロウ。お墓の上から水を掛けては駄目だよ)

「……はい、御主人」



 おぼろげに思い出す昔。

 かつては囁かれるだけだった言葉に、少年は今更ながら相槌を打った。



(お墓というのは死んだ人そのものだからね、頭から水を浴びたら寒いだろう?)

「確かに水は厄介ですよね、、色々と疲れますし」



 苦味の混じる笑みはかつての、御主人と出会う前の記憶故か。

 少年は水を掛け終えると、手の持ったままの雑巾を水桶に入れた。

 綺麗だった水に汚れが広がり、みるみると濁っていく。 

 

(だから、クロウも覚えておきなさい。と、君には不要の知識だったかな?)



 老体には難しかっただろうに、少年の記憶の中の御主人は、墓の上へと乗り墓石を丁寧に拭いていた。

 そして全てを終えてから、肩に乗せたカラスを優しく撫でるのだ。暖かい微笑みと共に。

 その手も、笑みも、今は少年の記憶にしか無い。

 

「御主人、俺は……」



 呟き掛けた言葉は、短く響いた破壊音に遮られた。

 何かが落ち、砕ける音がして、一気に現実に帰った少年。辺りを窺えば、通路に座り込んた少女の姿が映る。

 

「どうした!?」

 

 少年は少女の下に急いだ。







「これは……」



 音の原因は、少女の近くに来てすぐに判明した。



「クロウくん……」



 少女は今にも泣きだしそうな顔で、駆け付けてくれた少年を見上げる。

 彼女の前に広がる水溜まり。

 その中には横になった花受けと、砕けた湯呑みの欠片。

 きっと転んでしまったのだろう。金属性の花受けは無事だが、焼き物だった湯呑みは半ば面影を残しつつ、それでもしっかりと割れていた。



「怪我はないか?」

「うん、大丈夫。でも……」



 目線を一番大きな湯呑の欠片に落として、少女は謝った。



「ゴメン、、湯呑が割れちゃった……」

「大丈夫、、御主人は物に執着がなかったから、そんな事で怒ったりしない。それに、物は何時か壊れる事を知っている人だったし……」

 

 言いながら、少年は少女の手を握って立ち上がらせる。



「ここは俺が片付けているから、栞は花の長さを調節していてくれ。大体、輪ゴムの手前で切れば良い」

「……うん、分かった!」



 名誉挽回とばかりに力強く頷くと、少女は一目散に墓前に向かう。

 その姿に安心してから、少年は湯呑の片付けを始めた。

 砕けた湯呑みを拾い上げ、その欠片を次々と手の平に乗せていく。

 ビニールを取りに戻りるべきだろうが、どうにも面倒だった。

 今、彼が御主人と呼ぶ男性が此処に居れば、きっと彼を叱っただろう。

 

(危ないから横着は止めなさい、とな。申し訳ありません、御主人……)

 

 それでも少年は作業を止めない。彼の手が動くたび水溜まりの中から破片が消え、かわりに少年の片手の重量が増していく。



「よし……」



 水溜りの中を見渡し粗方拾い上げた事を確認すると、少年は右手に乗った欠片達を見据えた。



「形ある物は何時か壊れる、、か……」



 自身で話した言葉に溜息を漏らし、少年は花受けを片手で抱えてから墓前へと向かう。

 







「これで大体終わったかな」



 一連の作業が終わり花が飾られた墓石。

 線香をオイルライターで炙りながら、少年は隣の少女に話し掛ける。

 だが、彼女の返事がない。



「おい?」

「え!? あ、その……」



 まごついた返事を返す少女に対して、少年はため息交じりに問い掛けた。



「どうした、まださっきの事気にしてるのか?さっきも言ったが御主人は物に執着がな……」

「ちがうの」



 言葉を遮る少女。訝しむ少年を見つめて、彼女は問い掛けた。



「ねえ、、どうしてここに私を連れてきたの?」

「……!」



 少女の問いに、少年の鼓動が一気に跳ね上がる。



「一人で十分できたよね? クロウ君、器用だし……」

「それは、、そうだが」

「今までだって何度か一人で来てるんでしょ? 2週間前にって、、どうして……」

「待った」



 少女の言及を止める少年。ライターをポケットにしまうと、白い煙を上げた線香を置き、困った様に髪を掻いた。



「確かに、墓参りだけなら一人で出来る。それぐらいの、、勇気はある」

「……勇気?」

「ああ」



 思わぬ単語に戸惑う少女へと振り向く少年。



「ただ、一人ではどうしても、今までどうしても出来なかった事がある」

「……それって?」

「お願いだ栞。何も言わずにあと少し、、もう少しだけ、この弱虫に付き合ってくれないか?」



 口に小さな笑みを浮かべ、それでも真剣な瞳の少年のお願いを、少女が断れる筈が無かった。







 線香の煙が空へと昇る。御主人の前で両手を合わせ黙祷する二人。

 

(なんだろう、クロウ君が一人じゃ出来ない事って……)

 

 眼を閉じながら、少女は今さっきの少年の言葉、その意味を考えていた。



(無いよね、、クロウ君が出来ない事なんて)



 少年と共に暮らし始めてから2ヶ月。

 長くは無いが、互いの事をそれなりには知る事が出来る期間。

 彼女の記憶の中で、少年は特に苦手という事が無かった。

 しいて言えば、コンピューター関連の事だろうか。

 以前試しに電卓を渡した時も操作方法に間誤付き、結局は暗算で計算を行なっていた。



(でも、お墓では関係ないよね?)

「御主人」



 隣からの声に視線を移せば、少年は既に黙祷を止め墓石を見据えていた。



「遅くなりましたが……」

 

 次に続いた少年の言葉に、少女は愕然とした。



「今よりこの場を以て、御主人に与えられし[クロウ]の名、、お返しします」





 

 昔、一羽の鴉が居た。

 

 自然の中に産まれ育ち、やがて1人の老紳士と出会った牙を持つ鳥が。



 老紳士を慕い、生涯を終えるまでの短い時を共に過ごした”彼”が手にしたのは1つの名。

 

 その身を悪魔に変えられようと、決して忘れる事の無かった名。



 クロウ。



 それが、一羽の鴉だった少年の名前だった。









「今よりこの場を以て、御主人に与えられし[クロウ]の名、、お返しします」



(え……?)



 驚愕し眼を見開く少女を尻目に、少年は言葉を続ける。



「貴方と過ごした日々のおかげで今の俺が居ます。これまで、ありがとうございました」



 静かに頭を下げる少年。少女はその姿を黙って見つめる。

 やがて少年は頭を上げると、まるで糸の切れた操り人形のように、その場に崩れ落ちた。

 

「ちょ、ちょっと!?」

「ふう……」

 

 尻餅をついたまま、少年は頭に手を添えて笑った。



「緊張したよ……」

「大丈夫?」

「ああ、大丈夫」



 少女が差し出してくれた手を支えに、少年は立ち上がる。



「帰るか」



 墓石を一瞥し、そのまま歩きだす少年。



「え、ちょっと待ってよ!」



 荷物を拾い慌てて追い掛ける少女。



 二人が去った墓石からは、白い煙が空に向かい淡々と昇り続けていた──。







「これが、、クロウ君の出来なかった事なの?」

「ああ、そうだ」



 立ち並ぶ墓石の中を、2人は駐車場側の出口を目指して歩いていた。

 隣りに追い着いた少女の問いに、少年は歩みを止めぬまま答える。



「人間に飼われる動物にとって名前とは、、主と己を繋ぐ鎖のようなモノだ。そしてそれは安泰の約束であり、自然との決別の証でも在る」

「……そうだったんだ」

「まあ、全ての生物がそんなに難しい事を考えている訳では無いんだけどな。これはとある人の受け売りなんだ」

「とある人?」

「ああ、、俺より先に俺と同じ苦しみを味わった人の、、人にされてしまった獣のな。と、それは良いとして……」 

 

 稲妻を纏う銀髪の青年を脳裏に浮かべながらも、少年は話の筋を元に戻す。

 

「本来なら俺は二ヶ月前、、君と出会った時に[クロウ]の名を返さなければならなかったんだ。あの時から俺にあるのは前を歩む[主]ではなく、隣に居てくれる[恋人]だったのだから。だが……」

 

 少年は少女に顔を向けた。いつものどこか強気な表情ではなく、心底弱り切った眼差しで。

 

「……何度か墓参りに来てみたが、結局一人では言えなかった。恐かったんだ、御主人との鎖を切るのが」

 

 自嘲する少年。困った事にこの少年には年相応の笑顔よりもこういう、年不相応の表情が似合う。

 

「情けないよな。家に帰れば君が居てくれるのに、もしも君が居なかったらと考えて、、それが恐くて震えてしまうんだ」

「そうだったんだ、、ねえ? 今も恐いのかな」

 

 サラリと出て来た[恋人]の単語に頬を染めながら、少女は心配そうに少年を見下ろす。



「ああ、だから」



 突然右手を伸ばし、彼女の手をやや乱暴に掴む少年。



「手、握ってていいか?」



 俯きがちに尋ねる少年。

 捕まれた手の平から、彼の震えが伝わってくる。



「うん、いいよ」



 優しく少年の手を握り返す少女。

 少女には仕えし主も、変えられた身体も無い。

 名前は親から授かった物だし、束縛も無ければ約束もされていない。

 元より少年が過去を語らない性格な為に、詳しい事も殆ど理解できていない。



 それでも、今日の少年の行為がとても勇気がいる事だというのは理解出来た。



「私は、アナタの恋人だもん」



 頬を染めながら、少年はゆっくりと歩み始める。それに続く少女。



 鴉の姿を捨てた少年と、鴉だった彼に恋をした少女は帰路を進む。



 新たなる[二人]の居場所へ──。

 





「ところでさ」

「ん?」



 墓石の群れから出て、砂利を敷いただけの駐車場を抜けて。

 歩道を歩きながら、思い出したように問い掛ける少女。



「これからはどう呼んだらいいの?」



 ふと、少年の歩みが止まる。どうやら何も考えていなかったようだ。



「はて、どうしたものか……」

 

 頭を抱える少年。あれこれと考える姿をやや呆れ顔で、しかし笑顔で少女は見つめていた。

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